本の紹介をしたいと思います。

障害者の方でもしっかり歩んでいる人は大勢いますね。
そうした人たちの一人である松橋 英司さんという方は、耳が全く聞こえないという障害をもって48年歩いてきたそうです。
この方は、  「こうだったからこうなってしまった人生」から、
     「こうだったけれどこうなれた人生」へ、そして
    「こうだったからこそ、こうなれた人生」へと深化するのが大切という言葉に感銘を受けて、歩んでこられたそうです。


「どんな境遇や障害も咲かせたい花があるからこそ、この人生を選んで生まれてきた。そう思います」
 「こうだったから、こうなってしまった人生」から「こうだったからこそ、こうなれた人生」へ「耳が聞こえない私たちだからこそ、咲かせる事のできる花があると思えるようになりました」
 松橋英司さん48歳。生後3ヵ月で結核性髄膜炎を患い高熱と闘って聴力を失った。お母さまをはじめ家族、回りの人たちの豊かな愛情に恵まれた。(言葉というものを知らなかったので先生の舌の動きに触ることで、OOのようなものがあるとはじめて触れて感じたらしい)自宅のあった北海道から東京の日本ろう話学校の幼稚部に3歳で入学。当時はNHKドキュメンタリーにも聴覚障害児の幼児教育のさきがけとして、とりあげられた。現在歯科技工士として働いている。健常者との会話は口を見てゆっくりとする。
 耳が聞こえないということで様々な葛藤を抱えた。理不尽さ、孤独、被害者意識、「世間すべてを敵に回すような気持ち」がいつも心の中にあった。それを「甘え」と気づいて、自分の人生・幸せを正面から感じることができるようになったのは、12年前にお母さまを病気で亡くしたことが大きな転機となった。「言葉を求めての苦しい闘いの日々、我が子が初めて声を発したときの母の震えるような喜び」「自分の人生のほとんどを私のために費やしてくれた母の気持ち」それにふれた時に「突き上げるような後悔と感謝の想い。生き直さなければ申し訳ない」と思い知った。
 4年前に自らの半生をつづった本を出した。その著書『こころの声がききたくて』に感動した方から招かれて、体験や思いを講演する機会も多くなった。
 この松橋さんが感銘を受けた言葉で見ますと、前向きに歩こうとすることは、「こうだったけれどこうなれた人生」を歩もうとすることであるようです。

 

「こうだったからこそ、こうなれた人生」というのは、「私が変わります」という姿勢をつらぬく生き方であると思いました。